小説「僕の彼女は中国人」

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zoom RSS とりとめのない、長い長いつぶやきを書いてしまいました。でも、本音ですけどね。

<<   作成日時 : 2011/06/14 07:56   >>

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GoogleマップっていうAndroidアプリは、自動的に部分起動しますね。しかも、二重起動することもよくあります。Android端末の設定で強制停止させてもいつの間にか起動してしまいますし、強制停止させるアプリを使ってもやっぱり勝手に起動します。メモリ消費量はおそらく3MB程度ですから、たいしたことではありませんが、マップに関係する機能を使わない設定にしていても起動するので変な感じです。まるで、Googleの位置情報に対するこだわりを表現しているようなアプリだと感じました。

Googleのビジネスのやり方って、典型的なアメリカ的合理主義に則っている感じですね。マイクロソフトよりもアメリカっぽい感じがします。度が過ぎると、Facebook以外の会社にも敬遠されるようになるかも知れませんね。ま、私たちがAndroid端末のユーザーである間は、大丈夫でしょうけど、遠い未来のことは誰にもわかりませんから…。

アメリカ合衆国がいろんな国に恨まれているのは事実です。それは単なる焼餅、やっかみではなく、グローバル化=アメリカ化であったという歴史的事実を考えれば、当然のことだと思えます。「強いアメリカ合衆国」は「America as No.1」であり続ける道を力ずくで歩いていますから、その路上で多くの国を跳ね飛ばしてきたわけです。

アメリカ合衆国は、経済力によって国力を高め、世界を制覇しました。そのプロセスで日本を陥れて戦争に進ませたのは歴史的事実ですよね。ABCD包囲網によって日本を経済封鎖し、日本の庶民はみんな貧しく、飢えに苦しみ、失業率は極端に高く、東大を卒業しても30%に満たない人数しか就職できない、食べるものがない、お金の価値は下がる一方などとどうにもならない状況に追い込まれた仔ネズミたちが集まった日本は、巨大な経済力とそれを背景にした科学力と武力によってライオンよりも強くなったアメリカ合衆国というネコに噛みついたのです。それが、太平洋戦争の本当の原因です。

日本国民は、生き延びたい一心で必死になって戦争にひた走るという過ちを犯しました。「天皇陛下万歳!」と叫んで死んだ人なんていません。本当は「お母さん、お父さん!」と叫んだり、妻や子ども、あるいは恋人の名前を呼んで死んでいった、無言で涙をながして死んでいった人々ばかりだったのです。当時のマスコミは今もそうですが、国民を煽るのが仕事でした。それも、お金のためです。今の報道も本質的には大して変わっていません。

しかも、アメリカ政府は日本が真珠湾攻撃をすると知っていながら、その情報を真珠湾とその周辺の自国民や軍隊に教えなかったのです。故意に犠牲者を出して、それを理由に自国民を戦争に同意させ、その戦意を高揚させる目的でそうしたわけです。それは、ビンラディンとその一派によるテロに対するやり方とまったく同じでした。

「窮鼠かえって猫を噛む」といいますが、どんなに仔ネズミがネコに噛みついてもかてるわけはなく、ネコに痛烈な爪による打撃を与えられ、怖くて二度と逆らえなくなるのがオチなんですね。日本は、まさしく、その仔ネズミです。恐ろしくてたまらない仔ネズミたちである日本人と日本国は、戦争に対する責任の取り方を、恐怖心が先に立って、すっかり間違ってしまいました。「国歌斉唱や国旗掲揚で起立するのは軍国主義の時代を連想するから嫌だ、その再現はしたくない」という話も、その一つです。「強いものには巻かれろ」とばかりにアメリカ合衆国の傘の下に入ってしまったのも、やはりそうですね。

その結果、今では日本はアメリカ合衆国の属国だ、犬だなどと軽蔑されることもあるほど、国際的な舞台で自己主張が出来ないくせにお金だけはある、使いっぱしりにするには手ごろな経済大国としてアメリカ合衆国とその同盟国に受け入れられています。事実上、日本を対等な国として相手にしてくれている国はありません。日本社会全体の雰囲気、時代精神が、負け犬、ぼろネズミのレベルにまで劣化したのですから、無理もありません。それは事実であり、それを周辺の国の人々に指摘されてもしかたないでしょう。経済発展によって、欧米人には表向きはちゃんと扱われるようになりましたが、それはあくまでも経済的な裏打ちがあってのことであり、日本の経済力が落ち込んでしまえば、元に戻ります。そして、他の国が経済的に日本の上を行けば、欧米諸国は最終的にその国になびくのです。

戦争ほど、野蛮で、残酷で、悲惨で、極悪で愚かな行為はありません。しかし、それをやってしまうのは、人間が欲望を持つ動物だからであり、自制できないからです。宗教戦争や民族戦争だって、宗教や民族の違いを基準にグループを作って経済的欲望を持たすための勢力争いをしているのが現実であり、それが戦争をする本当の理由、本音です。誰だってそれを知っているのに、それを認めて反省する人はなかなかいません。人間とは、そういう生き物です。個人レベルで反省という言葉を使っても、それが国のレベルでは意味が変わるのも事実です。結局は、様々な利害関係がそうさせるのですが…。

その事実を逆手にとって、生きるため、家族を守るために必死になって戦うしか方法がないとしか考えられなくなる人々がたくさん出てくる状況になるまで経済的に弱い国を追い詰めることを正義だと主張し、自国の利権確保のために容赦なく実行する国があるのが現実です。

その典型的な国が、アメリカ合衆国です。実際、アメリカ合衆国は第二次世界大戦が終結してからも、何度も戦争をしていますよね。

その国に対抗するために、同じような手法、つまり、経済力を基盤に軍事力、科学力を駆使して対抗する国もあります。過去にはソビエト連邦がそうでしたが、今は中国がそうだと世界中から不安を集めています。しかし、アメリカ合衆国と中国を比較して、中国を選ぶ国は中国嫌いの日本人が想像するよりも多いようです。だからこそ、アメリカ合衆国は、いろんな方法で中国を牽制しています。

中国に対しても、北朝鮮に対しても、アメリカ合衆国がやっている手口は、その昔にアメリカ合衆国が日本に対して行った方法と基本的にまったく変わりがありません。経済力にまかせてメディアや人権団体やいろんな団体の宣伝を使って世界の人心を誘導し、経済制裁などの脅迫を行い、軍事力をちらつかせ、「アメリカ合衆国とその友人である民主主義の国々は正義だ」と宣伝し、その正義の世界を経済的、軍事的に脅かす日本を押さえ込もうと呼びかけた昔と同じことを、アメリカ合衆国は台頭させたくない国々に対してやっています。その目的は、アメリカ合衆国の国際的地位と利権の確保です。それも、誰もが知っているはずです。

「出る杭は打たれる」と言いますが、「出る杭を引き抜いて都合よく改造してしまう」というやり方がアメリカ合衆国のやり方であり、その手法にまんまと引っかかって愚民の国になってしまったのが、日本です。そういう国になったことを忘れてはいけないのです。いかに愚民が多いかは、世の中を見渡せば、いろいろな事件や出来事があり、それらを通して理解できるはずです。

「ビンラディンの家族がアメリカ合衆国を国際法違反だと非難するなんて、おこがましい。テロリストとその家族にそんな非難をする権利や資格はない」などという日本人がいますが、そういう人たちはまったくの無邪気なお馬鹿さん、愚民でしかありません。本当に歴史を解っているなら、何も言いようがないか、アメリカ人かテロリストかは無関係に家族を殺されたすべて人たちを気の毒に思うかの、いずれかが筋でしょう。殺された人たちは、みんな人間の欲望の犠牲になったという意味では同じ立場なんですよね。

それを解っていない人の中には、アメリカ合衆国のお先棒を担いで、中国たたきをしている人がいるわけです。国内での個人による犯罪でも、他人に陥れられて犯罪をしても、裁判ではその責任を問われます。落としいられれて行った戦争に関しても、周辺国に責任を問われるのも同じことです。反発して中国や朝鮮半島の国を罵倒しても、無意味です。ましてや敗戦国である日本は、力の原理、原則の前では、どうにもなりませんから、アメリカ合衆国の家来でも飼い犬にでもならざるを得ないわけですから、つまらない役回りですね。どんなに周辺国を罵倒しても、いずれはそれらの国よりも国際地位は下がってしまうでしょうから、日本は割を食ってばかりですね。

しかし、だからと言って、私は中国に対しても、北朝鮮に対しても、味方はしません。どこの国も基本的は同じです。政治思想がどうであれ、経済のシステムがどうであれ、人間はみんな同じ、人間と言う動物であることに違いはありません。採用する手法が違うだけで、求めているもの、欲望は同じです。だからこそ、対立するのです。自分の欲望を満たすためには、他人の欲望が満たされることを妨げる必要があるのです。つまり、生存競争です。国同士でも個人同士でも、規模が違うだけで、すべての社会単位で、それは存在します。より強い者が勝つのです。

話は打線しますが、「靖国神社は日本という国と日本の国民を守るために戦って死んで逝ったたくさんの兵士たちの魂が眠っています。今まで日本が平和を維持し発展してこれたのは、彼らの尊い犠牲のおかげです。日本人は、その事実を忘れることなく、彼らの犠牲に対する感謝の気持ちを忘れないと同時に、その冥福を心から祈り、歴史的な反省の上に立って、祖国日本と世界の発展と平和の維持に貢献できるよう、努力しなければならない」という考え方をする日本人も少なくないのは事実だと思います。また、学校でもそれを教えるべきだと思います。

戦争の悲惨さだけを強調して、こうした歴史的事実を歪曲させ、過去の犠牲者を軍国主義の否定という名目で無視するようなやり方やイデオロギーを振りかざす人々を私は日本人として認めたくありません。アメリカに負けたショックも手伝って、妙なイデオロギーが日本に蔓延し、歴史的事実を歪曲するのは問題視すべきだと思います。日本国民は犠牲者だったのです。アメリカ合衆国とその配下によって、ひどい眼に合わされたのです。

しかし、残念ですが、戦争に負けたのですから、「日本が軍国主義で悪かった。悪いのは日本でございます」とへりくだるしか日本国民が生き延びていく方法がなかったのも事実です。生き残るための方便と歴史的事実は違う、それが真相なのです。しかし、それには目をつぶって世界が動く原理、原則である拝金主義の軍門に下るしかないわけです。

もともと、すべての人間は拝金主義者ですから、そういう路線を受け入れやすかったのも事実です。体裁を整えるのが好きな日本人の中でも、特に体裁を整えるのが好きな形式主義の人々は、ものごとの本質よりも表面にみえることだけを考えて、左翼化していきました。右翼も左翼も、本質的にはお金で動きます。国民のために自分の命を犠牲にしてくれるような左翼も右翼もいません。政治家なら、なおさらいませんよね。生徒のために命を張る教師がいるとすれば、左翼でも右翼でもない人でしょうし、いても、ごく少数でしょうね。希少価値があるから、熱血教師ドラマに人気が集まるんですよね。

もっとも形式主義なのは左翼だけではありません。「老人性痴呆」という言葉は差別的だからという理由で「認知症」という名前に変更しても、その形だけに満足してしまい、老人医療や老人福祉、認知症老人を抱えた家庭への国としての対応は実質的には少しも進んでいませんよね。形だけ、名前だけ変えても何にも変わっていません。「精神分裂病」「助教授」という名称の変更も、果たしてどれだけ実質的な意味があったかどうか、甚だ疑問です。政府も政治家も右翼も同じですよ。

ともかく、日本は戦争に負けてアメリカ合衆国の軍門に下り、かたや左翼的コミッテルンに染まって、日本は高度経済成長を果たしましたが、今度はそれで自信過剰になり、バブル経済を生み出し、さらにそれがはじけてしまって、日本人はまたも自信を失いました。戦争の時は、自信過剰というより、追い詰められて不安定になった心理状態でいるところへ、政府や軍隊や報道に煽られて無理やり勝てると思い込んだ架空の自信や実際にはない自信をあるフリをした実在しない自信の喪失でしたが、経済的挫折という意味では、バブル崩壊とも共通していますね。こういう挫折は大きなダメージになりました。

その傷が癒えていないのに、今度は東日本大震災が起きました。これか国難そのものですが、自分の権力欲、利権欲しさに走る政治家たちを見ていると、ただただ呆れるばかりです。しかし、これが現実であり、どうにもならないことなんですね。

話を元に戻します。世界が動く原理は、残念ながら経済力です。この世界はどんなに否定しても、拝金主義が支配している世界です。日本人も中国人もアメリカ人も、すべての国は拝金主義国です。それが、人間の本音です。否定しても否定できないことを知っていながら抵抗するのは愚かな子どもです。もし、本気でそれを否定する人がいるとしたら、よほど無邪気でおき楽な温室育ちさんなんだと思います。

たとえば、覚せい剤で人を殺しても高額な慰謝料を遺族に支払えば、本当は誰もいないところで舌を出していても、裁判所は「被告は深く反省している」と判断してより軽い刑罰の判決を出します。「お金儲けは大変だから、高額なお金はそれだけ多くの苦労をして手に入れたものだから、惜しいに違いない。その惜しいお金を出すから反省している」なんていう話は、拝金主義そのものです。「金さえ払えばいいだろ!俺は客だ!」と外国の酒場でお金でお店の従業員をたたく日本人も本当にいます。日本国内にもいますよね。

日本国内の社会問題だって、同じです。利権に群がる人々が政治家や企業家だけではなく、いろんな社会階層にいるから原子力発電所が作られたのであり、別に急ぐ必要のないテレビも地デジ化が進んだわけで、それは国民生活の発展よりも、経済的利権に対する欲望によって成り立っている出来事に過ぎないわけで、すべてはそういう仕組みで行われます。しかし、原発に関しては、大気汚染につながるから地元での火力発電所の建設に反対した、などという人が原発反対を唱えるのはお門違いでしょうし、地域ごとの小規模発電所を大量につくって原発をなくすと電気料金が高騰するのに決まっていますが、それに文句を言う人が原発に反対するのも変な話ですね。節電をしない人たち、東日本大震災がなければ節電の大切さを考えることがなかった人たちも同じです。

原発反対の問題はさておき、この世界はすべて経済力やいろんな実力、力関係、拝金主義が支配している世界です。強い者が勝ちます。入学試験だって、より成績がいい受験生が合格します。スポーツでもなんでも、成績上位者が勝ちます。実力がなければ、どうにもなりません。しかも、それはすべて何らかの形で経済的な要素に結びつきます。すべてが生存競争です。

そういう現実があることを、子どもたちに教えないで体裁だけを整え、理想はどうだ、人権がどうだ、やれ傷つけるな、マイペースでいいから、楽しいことが大切だ、などと現実の厳しさから極端に乖離し過ぎた温室を作って、その中でだけ子どもたちを育てるとどういうことになるか、もう結果は出ています。困難なつらい局面に遭遇すると耐えられず、挫折を絶望と混同する子どもが増えました。

運動会で順位をつけない、ぼやかした表現でしか成績を評価しない、小学生を男女とも「さん」づけで呼ぶ、など無意味かつ馬鹿げた学校は指導力も学力もない教師たちによってあらゆる面でレベルがさがり、しかも、そういう馬鹿げた状況を助長するだけの学校に成り下がっています。もはや学校ではなく、温室そのものです。現実の社会の厳しさを子どもたちに見せないなんて、それは教育ではありません。それは、お芝居を見せているに過ぎず、人間を教育しているのではありません。過保護が過ぎて、単なる苦手意識のことまで「トラウマだ」と言って擁護するという有様です。些細な不都合に直面しただけでも耐えらないストレスがかかったと感じる精神的に弱い人間が増産されるのも当然です。

もちろん、家庭教育も落ちるところまで落ちています。だからこそ、家庭内暴力や虐待といった家族の絆が保てない出来事が頻発するわけです。兄弟で殺しあったり、親子で殺しあったりする事例も増えています。お金さえ与えておけば親としての責任を果たしていると考える人も少なくないのが現実です。お金がないと生きていけないのも現実で、それはどうにもなりませんから、事態は余計に深刻ですね。しかし、いたるところでお金を使った過保護を受けて育てられた人々も育てた人々も、そのことを自覚していませんから、簡単に精神的苦境に陥って、簡単に爆発してしまうのです。そういう事実を自覚できていない本人自身にも責任があることなんて、なおさら自覚できないでしょう。

社会に出ることができない引きこもり、ニート、無差別殺人者、ネット右翼にネット左翼、登校拒否・摂食障害・パニック障害などの心の病気などと言われるもの、コミュニケーション障害の多くの例など、いろんな問題にこういう学校教育や家庭教育の劣化がいろいろな形と程度で関与していると思います。人によって、その影響の程度はかなり違うのは確かですし、かなり複雑であることは確かですが…。

もちろん、社会全体の雰囲気、時代精神も学校や家庭の機能的劣化の影響を受けていますし、それらに影響を与えている部分もあります。

個人の内的問題も関与はしているでしょうが、内的問題だけだとしたら、それは精神病であって、心の病気とは違います。実際には、精神病患者の数よりも、困った心の病気と言うか、心の風邪のようなものを抱えている人の数の方が比較にならないほど多いのです。

それは、政治家や公務員あるいはデモシカ教師などの責任のみによって起きた問題ではなく、日本国民という人々の責任でもあるのです。

世間体、体裁を大切にしすぎる、人間の卑しさ、自らの卑しさを認めず、見てみぬふりをして本音を隠し、利益だけは追求し、自己にとって都合の悪いことは常識という常套句で非難してわが身を守り、現実の人間の姿を見ない、考えない、子どもたちにも教えないで生きてきた結果、その現実につきあたった若い人たち、幼い子どもたちは、その現実に立ち向かうことが出来ず、精神的に自滅してしまうのです。

最終的には年齢や性別、社会的立場に関係なく、そういった問題を抱えた人々で日本は溢れる可能性があります。現実に中年になって暴走する人、無差別殺人事件を起こした人がいますよね。

「社会に出て就職しても、友達ができない、友達の作り方がわからない、他人との付き合い方がわからない」などという人々も増えていますが、それは地域社会に溶け込むことなく自分の家庭内だけで暮らしている人々とその子どもたちに多いことは明らかです。経済優先で仕事ばかりして、近所づきあいを嫌う親に育てられた子どもは、社会生活の基本を身につけることが出来ないまま成人に達するわけですから、そうなるのも無理はないですね。これは、明らかに個人レベルの問題です。

地方でも、「近所づきあいや町内会の活動に参加するのは、嫌だ。町内会費も払いたくない」などという人も増えているとしばしば聞きます。「近所づきあいをすると、プライバシーを侵害されるから、つきあいたくない」などという猛者もいますね。人間という生き物の基本的な習性から逸脱した考え方ですから、心の病気を抱えている人か、その予備軍だとしか思えません。しかも、自覚がない人がほとんどですから、事態は深刻です。

歌手や芸人の失言、失態にまで必死になってブログを炎上させるような幼い人がいっぱいる愚民の国になった日本ですから、これからどうやって立て直せるんでしょうか?それを成り行きに任せて、自分の利益だけを追求して生きていく人たちが、政治家から庶民まで、あらゆる階層で勝ち組になるんでしょうね。今までも、そうでしたから、今後もそうでしょう。その方法が下手な人たちや知識がない人たち、あるいは無邪気な人たち、幼い人たちは、落ちこぼれていくわけですね。

こういう状況にあっては、日本という国が没落していくことを止める手立てはありません。他の国の争いをどうこう批評する余裕も資格も日本人にはないと思います。中国とベトナムの領土問題の記事に対して、中国のことを非難するコメントを書く人やリアルで中国批判するもたくさんいますが、他国同士の領土問題に主観を入れて論じる必要はありません。そんな暇があるなら、「日本政府は中国、韓国、台湾、ロシアとの竹島、尖閣諸島、北方領土の問題について、きちんと歴史的資料を揃えて、国際司法裁判所に提訴すべきだ」という評論記事を書いてくれた方が、日本の国のために役に立ちます。主張すべきことを主張できないのであれば、日本という国は、本当の独立国には成れません。国際社会は、日本の都合のいいようには、空気を読んでくれません。

日本人には、反省すべきことがいっぱいあるはずです。その反省がなければ、日本は本当の意味でちゃんとした国にはなれない気がします。他人に「空気を読んでもらう」ことを期待する日本人では、だめなんです。国としても、個人としてもそれは同じです。

一人一人が変われば、社会の空気は少しずつ変わります。「人に認めて欲しければ、話し方を変えなさい」あるいは「出世したければ、苦労をして学べ」などというのは、昔から言い尽くされた台詞です。人間の社会は、実はすべてがそれらの話と同じです。自分が変わらなければ何も変わりません。それを知らずに面白くない生活をしている人は、たくさんいます。

しかし、残念ながら、それでも個人ではこの国を変えることは、出来そうにありません。政治家たちにも出来ていませんから、出来ないことはすでに示されています。ですから、私が何を言ったところで、役にはたたないでしょうけど…。ネット政治漫談で笑いをとっても意味がないわけですが、それとさほど違いはないでしょうね。

本音を言えば、私は他人のことより、自分のことが大切です。日本が滅亡したとしても、自分だけは生き残りたいと思っています。他にもそう思っている人がいると思います。私はそういう考え方や感じ方を自分が持っているを自覚し、それを認め、かつ、それをセーブしようとする意識も持っています。だからこそ、職業奉仕もしますし、ボランティアもします。

もし、貧しい人やごく一般的な人が道に倒れていたら、それが誰であっても無条件で助けるでしょう。でも、もし有名な政治家や大企業家なら、まずいくらお金を払ってくれるか約束してもらい、契約を交わしてからでないと助けません。彼らは、そういうやり方で政治家になった人たちですから、彼らのやり方で対応します。まぁ、そんな状況に出くわすことはないと思いますがね。理想と現実は違います。博愛という言葉はあっても、それを実践するのは難しいのです。純真、純心なだけでは現実には生きて行けません。神様はいません。

むかし、ある病院で救命処置をして首尾よく無事に蘇生できた数名のご高齢の患者さんたちに両手をあわせて拝んでもらったことがありますが、その体験はとても恥ずかしかったのを今でも覚えています。だって、私は神様ではなく、不完全な生身の人間なんですから…。医師も人間に過ぎないのです。

私は医師という職業に就いているのに、他の医師よりもお金がありません。ですが、それを嫌だとか、面白くないなどとは思っていません。なぜなら、他の医師と違って、やりたくない仕事はしませんし、体裁も整えませんからね。不満や疑問を感じることを、その不満が疑問が解消しないまま、せざるを得ない不幸な人々は世の中にはたくさんいますよね。私は、それをしないのです。

しかも、やりたくない仕事をしないことを理由に解雇されたとしても、平気なんです。やりたい仕事が出来る場所は世界中にあって、努力すれば自分にそれが実際に出来るんだという事実を体験して知ったのです。その気になれば、不満や疑問を解消することだって出来ることがあるんです。もちろん、場合によっては自分で自分を不利な状況に追いやるような方法で自分を守ることだってある、という覚悟もありますし、それを実践したこともあります。

そんなわけで、私は中国で働いたり、日本で短期間のアルバイトをしたりする生活を始めたわけです。他の国でも、資格関係の問題をクリアすればなんの支障もなく医師として仕事ができますから、やりたい仕事があるのなら世界中、どこにでも出かけるつもりでいます。中国の仕事は物価の面を考えると、日本よりは給料は少ないですね。それでも、中国にいる日本人駐在員と呼ばれる会社員の人たちよりは、収入は多いと思います。日本でアルバイトする場合も、他の一般的な医師よりはいくらか高いバイト料をもらうこともあります。ただし、収入は不安定ですから、トータルで比べると日本でぐだぐだ不平を言いながら働いている医師たちよりも、貧乏なんです。ネットで医療関係のメーリングリストなんかを読んでいると、仕事上のいろいろな不平、不満を並べる医師たちは少なくありません。でも、みんな私よりお金持ちですから…(笑)

他にも、日本の医療制度や医療関係者の世界、いろんな学会だの医会だのマスコミだの、行政だの、いろんなものや事柄に嫌気がさしたのも事実ですし、自分がそういう場所に適応できないことも自覚しましたし、いろんな理由が重なってのことなのですが、「人生いたるところ青山あり」という言葉は本当だと確信しています。

ただし、そう信じるためには、あるいは、そう信じ続けるためには、人には言えない努力や苦労も必要なんですよね。生きている限り、楽なこと、いいことばかりじゃありません。さすがに、そのあたりのことは書きませんけど…。
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内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。

今日はとても長い長いつぶやきで驚きました!(笑)でもとても内容が濃くてたいへん考えさせられました。

一個人の力ではこの国、日本を変えていくことは出来ないのでしょうね。一人ひとりが現状を把握して、何が正しいのかを見極める力を養っていくには学校教育も重要だと思うのですが、今の学校教育では偏った考えの教師が多いので正直、期待はできません。
子供の通う小・中学校や高校でも国歌斉唱を明らかに拒否してる教師が数名いました。靖国神社参拝の話や政治の話でも、我が家ではこういったことはきちんと教えてきたのですが、高校生の息子や、中学生の娘が、「学校の教師が親と違うことを言う。どっちの言ってる事が正しいのか?」と疑問を持ち、自分たちでもいろいろ調べてみたようです。結果「親の言ってる事の方が正しいようだ」と判断したようでホッとしました。
でも家庭教育が落ちるとこまで落ちている、というのは事実ですし、我が家も安心してはいられない、と改めて思いました。

それというのも私の主人は「近所づきあいや町内会の活動に参加するのが大嫌い」という人づき合いの出来ない人なのです。育った家庭環境に大きな問題があるのですが、本人は自覚してなくて・・・。その話題になると火がついたように怒り出します。・・これからも子育て(教育)の問題はほんとに難しくなりそうです。
まめめ
2011/06/14 17:25
まめめさん、お子さんは立派ですね。疑問に感じたことを自分できちんと調べるという姿勢はとても大切ですね。最近は、何でもかんでも人任せで、自分で調べればすぐにわかることでも、ネットの掲示板なんかで人に尋ね、しかもいい加減な回答を鵜呑みにする人も少なくありません。そんなおとなは、メディアや怪しげな人たちに洗脳されやすい人たちです。自分で調べ、考える訓練は大切です。本来、学校の勉強とは、そういう能力を養うための基礎知識を習得したり、思考力を習得すべきなのですが、そういう能力がない教師についても、役に立つはずがありません。私は小学生の時から、そう考え、政治的イデオロギーを教室に持ち込む教師を軽蔑して育ちました。その考え方は、正しいと確信しています。生意気な子どもだったわけですが、それは私の育った環境の影響です。ご主人の場合も、環境の影響は大きいのでしょうね。しかし、人は年齢ではなく、常に成長しています。年寄りは成長しないという考え方は、発達心理学の研究において科学的に否定されています。それで、学問の世界だけではなく、実践的な分野でも、発達心理学は生涯発達心理学と呼ばれるようになりました。その考え方では、成人以降も、自分の得意な分野を生かしながら、いろんな情報に触れることで、ゆっくりとではあるものの、考え方や人付き合いの仕方は変化し、より成熟したものになると言われており、実例が示されています。火がつくように怒り出されるということは、心のどこかで気づかれている証拠です。直接的に話をするのではなく、さりげなくご主人が情報に触れられるような環境を作ってあげるのも効果的かも知れません。もっとも、震災の後ですし、まめめさんの体調の問題もありますから、すぐには難しいかも知れませんが、時間を焦る必要もないと思います。ゆっくり、生涯をかけて、人は成長するものなのですから。
矢吹 徹
2011/06/14 20:02

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