小説「僕の彼女は中国人」

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zoom RSS 以前からこのブログで何度も書いている疑問なんですけど…

<<   作成日時 : 2013/02/03 10:56   >>

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千葉・浦安市のスーパーの店内で局部を露出させたなどとして、2013年1月31日に東京・江東区役所の44歳になる課長が逮捕されていたことがわかったという報道がありました。初犯の場合、こういう犯罪者は不起訴処分になることが少なくないようです。

そう言えば、何年か前にも北海道で書店で同じことをして逮捕された産婦人科医が病院で女性患者の性器を盗撮して再逮捕されたにもかかわらず不起訴処分で終わったという事件もありましたね。

世の中には、”不起訴処分になれば無罪だから問題ないはずだ”という愚かな誤解をして反省しない馬鹿者も少ないようで、再犯率も決して低くないようです。法律上、不起訴処分は無罪ではなく、行政処分を受けたのだという事実を自覚出来ない愚か者はかなりいるようです。

性犯罪者に対しては、不起訴処分などという甘いことはせず、徹底的に罰するべきだと思いますがねぇ…。

その分、マスコミが実名報道をすることで社会的制裁を受けるということは必要なことではないか、と実名報道を肯定的に受け止めています。

実名報道をネットに転載しても、それが転載である以上は名誉毀損には当たらないのではないか、とも思いますけどね。感想文において逮捕された犯罪者を批評するのも当然だと思います。それを人権侵害だなんて主張するのは話が合いませんよね。性犯罪者は被害者の人権を侵害しているわけですから、それに対する社会的制裁は受けて当然でしょう。

でも、日本人に本当に人権ってあるんでしょうか?って言うか、地球上に本当に人権ってあるんですか?

”個人の自由を禁止する就業規則があったら人権侵害で違法・無効であることは明らかだから、AKB48の恋愛禁止をするルール自体が人権侵害だ”なんていう人もいますが、AKB48の問題はさておき、そもそも人権なんて本当にあるんですか?

人権の存在を主張する人々は口を揃えて”人権は人が生まれながらに持っている権利だ”と言いますが、それなら人権を保護するための法律なんて不要なはずです。法律で人権侵害を縛らなければならないのは、机上の理論に過ぎない概念だけで実態がないものを、あたかも実在するかのように見せるための手段に過ぎないようにしか思えません。

法律という人工的なものがなくても誰もが享受できる権利があるとしたら、それが本当の人権なのではないか、と世の中を見て感じます。

殺人という被害者の存在を完全に否定する行為をした殺人犯に人権を認めろなんて、裁判で量刑を軽くするための手法に過ぎないとしか思えません。

生存権は人権のうちで最も基本的な権利だそうですが、他人のそんな権利を完全否定した殺人犯が自分の人権は守りたいって、どんだけ酷い人権侵害なのでしょう?そんな殺人犯を”死刑にするな”だなんて、どんだけ偽善者なんですかね?

死刑にしない代わりに懲役1億年で恩赦も特赦もない、なんてことはないのであれば、死刑にしないのは納得できないと思う犯罪被害者の家族もいると思います。

かつては死刑廃止の傾向が顕著だったアメリカでも今は死刑が実施されるところもありますよね。結局は、死刑廃止論なんて綺麗事の積み重ねに過ぎず、現実的な考え方ではないのではないか、と疑ってしまいます。

世の中を見渡して見ると人権なんてありませんよね。平等なんてのも、嘘ですね。

まず、世界を見ると、欧米を代表とする先進国が優位な立場で発展途上国で貧困に喘ぐ人々を搾取するような形で国際関係や世界経済を進めているとしか思えない視点を持つ人々の中からテロリストが生まれるわけで、その発端になる人々は先進国のために働いたのに先進国に裏切られたと感じた人々であるという例もビン・ラディンのような実例があるわけで、先進国が人権という言葉を都合よく使うことに対する反発の意味もテロリストの行動に込められていることは明らかだ、と見ることもできます。

”日本も欧米に加担して貧しい国々を搾取したり、貧困者を無視して自国に不平等な富の分配をもたらして自国を利用している諸悪の根源のひとつだ”という認識を持つ人々がテロリストの中にいるから、日本人もテロリストのターゲットにされてしまうと考えることもできます。しかし、本当はどこの国でも人権は概念だけのものであって、実態はないのだと思います。だから、殺し合いが起きるのではないでしょうか?

日本国内を見ると、震災や原発事故の被災者のほとんどが救済されていません。生存権が侵害されている状況が続いているのに、人権侵害ではないのでしょうか?結局、被災者たちに人権があるとは政府やお役所は考えていないとしか思えません。

瓦礫の処理だって、自分たちを優先して地域での受け入れを拒否する人たちが全国にいました。それで、何が”絆”なんですか?口先だけでしかないじゃありませんか?言葉だけなら無料ですむから良いのでしょうか?被災地の人のことより自分たちを優先して、それで平等ですか?

学校の教師たちや教育委員会の人たちは、子どもたちが学校におけるいじめによって死に追い込まれても、その事実をしばしば隠蔽し、子どもの家庭環境に責任転嫁しようとする者までいます。体罰という暴行に過ぎない違法行為をする者までいます。彼らは教育者だそうですが、彼らが子どもたちに人権があると考えているとは思えません。必死で屁理屈をこねて自分を美化してお金ほしさに早期退職する教師もたくさんいますが、彼らの主張は詭弁でしかありません。

口先では人権を唱えていても、それが商売上の手段にしか見えない弁護士さんや裁判官も少なくないとかんじることは多々あります。裁判に勝訴する、あるいは、減刑を勝ち取るための手段にしか見えない裁判報道は少なくないと感じます。犯罪被害者やその家族の多くは、そう感じているはずです。

”被害者の人権よりも、どこからも問題点を指摘されないような法的解釈を最重視しているだけにしか見えない判決”が出る事件も多いように感じます。

人権や人権擁護という言葉も単なる体裁を整えるための手段にしか見えないし、それだけのことに過ぎないのではないかのか、と思えてなりません。

そうそう、世の中には”周囲にいる人物からひどい目に遭わされたために、その状況から逃げ出したくて違法行為をした”という人もいるでしょうね。でも、そんな人に対しても警察や検察や裁判所が人権を尊重した扱いをするとは限らないようにも思えます。プライバシーの問題があるので内容は書きませんが、そういう事例を私も知っています。

考えれば考えるほど、人権というものが机上の理論に過ぎず、実際には存在しないのだとしか、私には思えないのです。

人の世は、矛盾で満ち溢れていますね。みんな自分を守るために体裁を整えているに過ぎず、その手段の一つとして人権という概念や言葉を振りかざしているだけにしか見えないのですが…。

実際、私もこのブログにおいて人権ということばを自分の主張を正当化する手段として使うことがあります。それは、人権というものが実在して欲しいと願っているからです。

でも、”本当に人権なんて、この世の中にあって、認められているものなのか?自分の人権を侵害されたと感じることはこれまでに何度かはあったけれど、そもそも人権なんてないんじゃないのか?”というのが本音なんです。

本当に人権は実在するんでしょうか?ないようにしか思えませんけど…。
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内 容 ニックネーム/日時
日本と同じ体罰があって問題になっている国はアメリカ合衆国と中国だそうです。ネットの反中さんや反日さんのネット上で罵りあいも含めて、なんだか滑稽ですね。

やっぱり、おバカ同士の低レベルな争いかんでしょうね。

シンガポールでは体罰は親と本人の同意によるむち打ちが行われているそうですが、むち打ちにいたるまでに担任ではない教師による徹底的な調査と子どもと担任教師を含む教師達との話し合いを行い、カウンセリングを行った上で、むち打ちを行う修練を積んだ専門の教師によって腹部や腰部を保護した上で、手のひらか臀部にのみむち打ちをするそうです。しかも、生徒の問題行動のレベルによって人目をさけて打つ、クラスの生徒の前で打つ、全校生徒の前で打つという区別があるそうですが、実施にあたっては事細かな規定が定められた法律に従って行うそうです。

日本や他の問題のある国のように教師が自分の感情に流されて体罰を行う、というのはやっぱりだめなんですよね。

韓国は体罰をやりすぎてきたので、体罰を禁止したとたん、その反動で教師を無視する生徒が増えたと問題になっているそうです。

日本では戦後の学校教育基本法という法律で禁止されているんですけどね〜
矢吹 徹
2013/02/03 22:55

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